カタテマ新作アクション「プリンと竪琴」レビュー! ※未プレイの方はネタバレ注意!※

「愛と勇気とかしわもち」「いりす症候群」等の作品で知られるサークル、カタテマの新作アクションゲームが登場しました!

 

このように、Steamで購入ボタンを押すとSteamで購入できます!

おすすめなゲームなので、ゲームが好きな人は是非プレイしてみてください!

どのようにおすすめなのかを書くとどうしてもネタバレになってしまうので、Steam公式ストアページを見て判断してくださいね!

 

自分で遊ぶことに意味があるゲームですので、初見プレイを激しくおすすめします!

 

ですがこの下に、このゲームのおすすめなところ、おもしろいところを書いてみました!

未プレイの方はネタバレ注意です!

 

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革命のともしび

チェという煙草を買った。
物珍しさに一箱買った。
キューバ産の無添加の葉を使った煙草らしく、味はそれなりに好みだった。普段吸っているアメリカンスピリットよりも少し渋い。値段もいい感じで、アメリカンスピリットより安い。
 
 
そんなわけで、アメリカンスピリットとチェの間で揺れ動いている自分がいる。これは中々面白かった。ゲバラを取るか?インディアンを取るか?いやいや、けっこう重大な問題だ。でも結局、僕は革命の精神よりもアメリカの魂に擦り寄った。結果としてそうなった。
アメリカンスピリットのほうも、常々思ってはいたけれど、インディアンの絵をプリントして堂々とアメリカンスピリットと銘打っているのが面白い。いかにもアメリカらしくて、馬鹿馬鹿しくて、でもそういう所が結局嫌いになれなかった。
 
 
チェ・ゲバラにはそれなりの思い出がある。悪いほうの読書モヤシ少年だった自分にとって、ゲバラマルクスはある種のジャーゴンだった。
革命という符号に一瞬でも憧れる青春を送らなかった人間は薄っぺらい嘘だ。マルクスゲバラに心震えなかった人間は嘘だ。
夢と理想と全能感に若い身体を委ねたことのない人間は嘘だ。嘘ばかりの人間は嫌いだった。格好だけ一丁前につけて、ことば巧みに、嘘ばかりついて、ふわふわと浮遊している人間は大嫌いだった。
そういう青春があった。それもそんなに昔の話でもなかった。
 
ただ、そういう、革命であるとか、理想の限りを滾らせたような言葉に、いろいろな物が追いつかなくなってゆくのを、なんだかぼうっと見てみたり、あるいは足掻いてみたりする、次は多分そんな青春が来る。
 
思い出してみれば、僕の中のゲバラは『モーターサイクル・ダイアリーズ』に描かれた若き日のゲバラだった。あれはアメリカの映画だった。
今の僕の中のゲバラは、チェのパッケージに描かれたゲバラだ。チェもルクセンブルクの煙草だった。なんだ、結局そうか。全ては繋がっていて、だいたいそうなっているのだ。
 
 
ルクセンブルクといえば、The SmithsのAskにこんな歌詞があった。
蒸し暑い夏の日、部屋にこもって、ルクセンブルクの出っ歯の女の子へ送るための、ぞっとするような詩を書いている。
僕のあの時の青春は、大体こんな感じだった。
 

しかし、青春そのものが終わったわけでも、別に大人になんてなってはいないし、多分また別の青春が来るだけなのだろう。終わるもんかよ。それでどうせまた、何年かしたらこのように回想して、そういうことかと理屈をつけて、どこかに落ち着けるだけなのだ。だったらいい、せめて恥ずかしがらずに過去を愛せばいいんじゃないか。まずはそこから始めよう。どうせいつまでたっても、青春以前の子供のままなのだから。

 
 
 
チェに火を付け、まだ見ぬ青春に向けて、そんなぞっとするような詩を書いてみる。

ダイヤモンド

ふっ、とチャイムがけたたましく鳴った。気まぐれで真夜中に起きていると、こういうこともあるみたいだ。 とりあえず茹で過ぎたパスタの事は頭の隅に追いやって、ドアを開けたら奴がいた。
「お前か」
「入っていいか」
こんな真夜中に起きているのは知っていたが、とでも言いたげな口調だった。返事は聞いてないが、とも。

ああ奴だ。しかし改めてまじまじと奴の顔を見ると、奴と会うのは中学校卒業以来だが、呆れるほど変わっていないことに気づく。ただ、顔と背丈と声と雰囲気と着ている物だけは当時と似ても似つかないが。
奴は靴を脱いでずかずかと入ってくるが、止めるつもりもないので僕はただ突っ立っていた。僕の靴が二つくらい入るような仰々しい靴を脱いで玄関に置く。おかげで随分と玄関が狭く感じる。僕のこぢんまりとした靴は、突然の闖入者に追いやられて端の方に縮こまってしまっている。
僕は廊下を歩く奴の背中を黙って見ていた。アルコールの香りが鼻につく。奴は狭い通路に背中をぎゅっと押し込めて窮屈そうに歩いている。あの頃は、僕の方がいくぶん背も高かったはずなのだが、今ではちょうど僕が奴の背中を見上げるかたちになる。奴が伸びたのか僕が縮んだのか。しかし奴は、ずいぶん敗北の匂いの漂う背中になった。

奴はリビングに放ってあった二つのイスの片方に腰を下ろし、肩肘をテーブルについて僕をちらと見て言う。
「なにか出してくれ」
「茹ですぎてふやけたパスタでいいなら」
「けっ」
そっぽを向かれてしまった。
「パスタの茹で時間も知らねえのかよ」
「聞くのを忘れたんだ」
奴は窓の外に目を向ける。見下ろすと、眩しい満天の星空がこちらを見上げている。
ここは都心の高層マンションの一室だ。深夜にもかかわらず電気は付けなかったが、大きく口を開けた窓とそこから侵入してくる星の光のために逃げ場のないくらいに透明で明るい。そのおかげで、僕の部屋にはもう一つの星辰が現出する。地上に横たわる広大な星辰の、その極めて精巧な生き写しだ。星座盤やプラネタリウムに書き連ねてあるような、実際にはどこにも存在しない、あのホルマリン漬けの死んだ星辰なんかとは全く違う、今目の前に息づいている、本物の血の通った星辰だ。しばらくそうすると、浮遊感に足元を掬われる気分になる。どうも何に依って立っているのかわからなくなる。なにしろ、部屋から見える窓の外と、その窓の中に何も違いがないのだから。
「人の住むところじゃねえな」
奴は眩しそうに目をしかめている。前はこの部屋にも上物のカーテンがついていたのだが、僕はルージュの残り香の染み付いたカーテンが嫌いだったのであげてしまった。おかげで部屋の境界がよくわからない。今はこの方が良かった。
「水でも飲むか」
今度は僕が返事を聞かなかった。

キッチンへ行き埃くさい食器棚を開けて、透明なペアグラスの片方を取り出す。中がふくらんだ金魚鉢のような形をしていて、そこをいたく気に入って僕がずいぶん前に買ったのだった。手に取るとまだ暖かい。まんまるの、掌に馴染む感触が良い。
冷蔵庫から四角い氷を取り出してグラスにひとつ落とし込む。ぐるぐるとグラスの中を氷がぶつかりながら音をたてて転がる。しばらくそのまま眺めていると、疲れたようにグラスの底の方に静かに落ち着いた。
ここにちょっとした操作を加えると、氷が重力を遮断したかのようにふわりと浮き始める。このまま際限なく空まで上っていってしまうかと思いきや、グラスの中にどうやら見えない境界がある、そこからすこし顔を出したあたりであえなく静止してしまう。透明の中で透明の密度がせめぎ合う。頭上に広がり圧迫する巨大な透明に、浮遊の運動が押し込められている。こうしてグラスの中に静謐な折衝線ができ、そこに透明が密閉されて、鈍重な水になる。水が氷を引っ張って地上へ閉じ込める。力強く繊細な緊張運動が透明の境界の線として結集し、ともあれ、こうやって氷水ができる。
グラスを持ち上げて氷を窓の光に透かしてみると、ひとつの焦点が氷の中心に現れる。氷に七つの色がつく。間を置かずプリズムのように一点から拡散された光線が、部屋の四方にヴィヴィッドな集中線を書き足してゆく。突然、部屋に明確なかたちが与えられる。
もう持ってはいないが、あの小さくて高慢ちきなダイヤモンドよりもこちらの方が良いなと最近になって思い始めた。大きいし、沢山作れるし、素朴で綺麗だし、ちゃんと水に溶けるのがいい。なによりほんのりと甘い。
そういえば、氷が甘いということに、結局納得してはくれなかった。経験則上は、透明できらきらと光って綺麗な物に甘くない物などなかったはずなのだ。誰しも、戯れに口に含んだビー玉のその強烈な甘さに驚いた事があるはずだ。僕の場合はそれを見ていた両親が大慌てで口に指を突っ込んでビー玉を取り出させたが。あの指の柔らかさと嗚咽の感触が、まだぼんやりと喉の奥に残っている。あれ程は今は甘くないにしろ、やはり氷はほんのりと甘いのだ。

僕が氷の入ったグラスを持ってリビングに戻ると、奴はまだ窓の外を見ていた。テーブルの上に氷の入ったグラスを置く。衝撃で少し熱を帯びて、しかし、からん、と涼しげな音がする。奴はそれをちらと見やる。
「おい、そんな甘ったるい物の気分じゃないんだがな」
「さっきから文句ばかりだな」
僕はさして気にしなかった。
暫く黙っていた。結局、奴も、僕も、グラスを見ていた。透明は焦点をうやむやにして、あざ笑うかのようだった。無音の光線の洪水があった。氷が溶ける音が聴こえるようだった。
しばらくして、突然のように、あるいは機が熟したかのように、奴が口を開く。
「ギャリバン、カッコよかったよな」
奴がいきなり出した名前は、僕と奴が中学生のころまで見ていた特撮番組だった。毎年決まった枠のなかで番組は変わるのだが、これはちょうど奴と疎遠になる前くらいにやっていた。これを最後に僕は見るのをやめてしまったのだが、口ぶりからするに、どうも奴もそうらしい。そこで止まっているのだ。
「あれは傑作だったな。よく出来てたよ」
「最近ふと見直したんだけどさ、やっぱり色褪せない格好良さがある、あの主役は」
「主役の彼だって、あの頃は若手も若手だったな。荒削りな良さがあった。それももう何十年も前の話になる」
「今はどうしているんだ」
「よく映画で見るよ。特撮あがりの俳優の中じゃ十分成功してるほうだな。だいたい渋い脇役ばかりだけど、いい役者になったと思うね。年をとってカドは取れたけど、いい顔を作るようになった。画面にいると雰囲気が締まる」
「じゃあもう、主役はやらねえんだろうなあ」
「だろうね」
氷がロウソクのように光を放って燃えている。グラスはただ掴み所のない透明を揺らがせている。そのなかに奴の顔の輪郭だけがぼんやりと浮かび上がってくる。ぐにゃぐにゃと顔を歪ませているのは、その透明のせいか。
「なあ」
透明の向こうで敗北の嗚咽が響く。
「なんでこんな、さみしくて仕方ねえんだろうなあ」
僕は窓の外を見た。地上の星辰は相変わらず同じ光を投げかけている。昨日も、今日も、そして明日も同じだろう。星々は墜落し、大地に突き刺さって動かなくなった。かつて空にあったころは、度し難く巨大な力が星辰を力強く回していた。手の届かない深淵であり、ダイヤモンドのような輝きだった。それがこうして手に取れるようになる過程のなかで、あの力はやっぱりもうずっと前に死んだのかもしれない。星辰は場所を奪われても、相変わらず健気に光を投げかけているが、何もかも透明なこの部屋は、いったいどんな光を捕まえられるのだろうか。
グラスを手に持って傾け、氷を口に含んでがりりと噛んだ。口の中で光が弾けた。あまりの甘さに涙が出た。